五行の数が上下で同じとき、どう見るのか
同じ質問を、八回いただきました。
●が上下とも同じ数だった場合は、どう考えたら宜しいでしょうか? 上と下が同じ数だと どのように判断したらいいのでしょうか? 四柱推命の上と下が同一数だったのですが、中間的ということでしょうか?
⭐ これは、いい所で止まっている質問です。 数える練習をきちんとやった人だけが、ここに突き当たります。
(一)数えるやり方は、ここで止まります
五行の●を上下に分けて数える——覚えやすく、入門には確かに値打ちがあります。
ただし 同数になった瞬間、その物差しは答えを出せません。⛔ 「間違っている」のではありません。その物差しが測れる範囲の外に出ただけです。
(二)古典は「四つの字を分けて見よ」と言っています
『子平真詮評註』に、こう書かれています。
旺衰強弱四字、昔人論命、每籠統互用、不知須分別看也 大致得時為旺、失時為衰。黨眾為強、助寡為弱
旺・衰・強・弱という四つの字を、昔の人は ひとまとめにして混ぜて使っていた。
分けて見なければならないことを知らなかったのだ。
おおよそ、時を得たものが「旺」、時を失ったものが「衰」。
仲間が多いものが「強」、助けが少ないものが「弱」である。
⭐ ここが要です。数の多さは「強」の軸であって、「旺」の軸ではありません。
数が多い → 仲間が多い(黨眾) → **強** 時を得た → 生まれた月がその気である → **旺**
⚠ 上下の数が同じ、というのは 「強」の軸だけを見て引き分けになった状態です。
もう一本の軸をまだ見ていません。
(三)だから、同じ数でも答えは割れます
同じ書物が、続けてこう述べます。
猶如春木雖強、金太重而木亦危 秋木雖弱、木根深而木亦強
春の木は強いといっても、金が重すぎれば木もまた危うい。
秋の木は弱いといっても、根が深ければ木もまた強い。
そして、こう結びます——「得時而不旺」(時を得ていても旺ではない)、「失時不弱」(時を失っていても弱ではない)。
⛔ 数えるだけでは、この二つが区別できません。
(四)では、何を見るのか
八字雖以月令為重、而旺相休囚、年月日時、亦有損益之權 故生月即不值令、而年時如值祿旺、豈便為衰 不可執一而論
八字は 月令(生まれた月)を重しとするが、年・月・日・時にもそれぞれ 加減する権限がある。
生まれ月が令に当たらなくても、年や時が旺の地にあれば、どうして衰といえようか。
一つを握りしめて論じてはならない。
⭐ 「上下同数」への答えは、この最後の一行にあります。
一つの物差しを握りしめない。 数だけでも、月だけでも決めません。
重みの違う場所を、それぞれの重みで見ます。
(五)⛔ 私たちにも言えないことを、先に書きます
✅ 言えること 同数でも「月を得たか」で割れる、という**見方の筋道** ⛔ 言えないこと 「だからあなたは身強です」——**命式なしには言えません**
⚠ 数だけを聞いて強弱を答える所があれば、それは この一行を跳ばしています。そして、私たちが具体的な重みの置き方をここに書かないのは、隠しているからではなく、それが判定そのものだからです。私たちがお見せするのは「何を見たか」であって、「どう点を付けたか」ではありません。
⭐ 最後に一つ。数えるやり方をやめる必要はありません。入り口としてよくできています。ただ、同数で止まったときは「もう一本の軸に来た」という合図だと思ってください。古典もそう書いています。